2025/08/13
火炎

火炎を見ると体がゾワゾワする。
理屈じゃない。
考えたから体が反応したわけではない。見た瞬間にもう落ち着かないのだ。この感覚を、言葉で伝える力は私には無いけど、写真なら近づけるかもしれない。
火炎のせいで、身体の内側から湧き起こる力を、写真を見た人と共有出来たらなあと思う。

火炎を見ると体がゾワゾワする。
理屈じゃない。
考えたから体が反応したわけではない。見た瞬間にもう落ち着かないのだ。この感覚を、言葉で伝える力は私には無いけど、写真なら近づけるかもしれない。
火炎のせいで、身体の内側から湧き起こる力を、写真を見た人と共有出来たらなあと思う。


神域へ踏み入る象徴としての橋。
繋ぐための機能を放棄された橋。
どちらも私には興味深い。
初めは異界に飛翔する橋を探していたが、捨てられた橋も目につくようになった。
人は人の都合で橋をかけ、渡った人の数だけ想いも渡ったはず。人の渡らない橋は人の想いも消え、寂しくもなく哀しくもないただのモノとして自然に還っていく。
しかし、象徴としての橋を探していたからだろうか、ただのモノに還ろうとしている橋から、人の声が聞こえた気がしてならない。

二日続けて真木大堂へ行った。
前日は撮影しようとしたら突然サッと雨が降ってきた。濡れた白仏は暗くなってしまうので、乾燥するまで待たなければならない。
元々は山岳信仰の場所だった国東半島に、平安時代頃に天台宗が入り「六郷満山」文化が花開いたと言われている。中でも豊後高田の真木大堂は、都ぶりの木造阿弥陀如来坐像をはじめ不動明王像、巨大な大威徳明王像など九体の仏像が安置され、仏像好きにはたまらない場所だ。
旧本堂を横目に見て、歩道脇の石仏群から白仏を探す。
傾いた小さな石祠があり覗くと中に白仏がいらした。お顔には苔の一種だろうか、鮮やかな緑色と枯れ散った葉に覆われて消えた目鼻が一層隠れて見えない。
しばらく眺めていたら、「おや、撮らないのか」と言われた気がした。
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