2017/08/28

写真と珈琲のバラード(34)

9/16日に青山にある朗読スペース「本の場所」で話をします。

どのような経過で写真という目に見える作品になるのか、言葉にしてみようとする試みです。試み、なので、あくまでも実験的性格を要しています。「本の場所」の案内を開くとすでに満席になっているようです。たくさんの方、といっても25席で満席なのですが、この忙しい毎日のスケジュールのなかをやりくりして、わたしの話を聞きに来ていただくのですから、参加された皆様の少しでもお役に立つ話しが出来ればいいのですが、自信はないです。

「写真」は最も「説明」からは遠いところにあります。写真で写そうと思ったことを理解してもらうために言葉を尽くすと、やればやるほど写真から遠のいていきます。それを承知で、話をしようとしてるのですから、文字通りの自滅行為です。

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2017/07/15

写真と珈琲のバラード(33)

昨日、27歳の私の写真を見た。27歳の私がそこにいる。27歳の私は70歳の私を見返している。27歳の魂が写っているなら、写真の方が本物で70歳の私はなんだ?
27歳のまま立っている私と、老い続ける進行形で座る私。他者として出現してるのは27歳の私か70歳の私かどちらだ?

全てのものは徹底的に移ろう、何ひとつとどまってはいない。それが私の主義だ。

私にもいつの日か、移ろっていくものに対して感謝の気持ちが持てるようになるのだろうか。

写された写真を見て、魂を想像出来ないなんて愚かで野蛮な感受性だ。

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2017/06/25

写真と珈琲のバラード(32)

久しぶりに珈琲の話です。
以下はあくまでも個人的な感想です。

私は自分で珈琲焙煎を始めてから今年で8年目になります。香り、味、口当たりなどが、工夫次第でいかようにも変化することの面白さに目覚めて、ほとんど毎日実験を繰り返しています。最近確信したことの一つを話します。

生豆の焙煎というのを実際に見たことがなくても、なんとなく具体的なイメージを持つことは出来ると思います。火力と時間との相関関係であらゆる方向に変化していきます。それはもうやり方次第でどんな珈琲にもなるのです。どの種類の豆にも酸味から甘味、苦味を取り出すことが出来ます。モカは酸味が強いとか、グァテマラは苦味があるとか言っているのは、そのように焙煎されているからなのです。モカを甘味で止めることも出来るし、グァテマラに酸味を感じさせることも焙煎次第で出来るのです。さて、今回話すのは焙煎が終わってからのことです。

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