2026/11/06
滝を撮る


30年以上滝を撮っている。
これほど惹かれるのは何故だろう。
眼では見えない、写真だからこそ見える滝があるからだ。
しかも、二度と同じ姿はあらわれない。
風景の一部ではなく、滝は滝として見つめていると、いつまで見ていても見飽きない。


30年以上滝を撮っている。
これほど惹かれるのは何故だろう。
眼では見えない、写真だからこそ見える滝があるからだ。
しかも、二度と同じ姿はあらわれない。
風景の一部ではなく、滝は滝として見つめていると、いつまで見ていても見飽きない。

昨日(11/2日)久しぶりにコマーシャルの仕事が入ったので青山で打ち合わせの帰り道、横浜大黒からベイブリッジに向かう。
先日は銀座でプリントチェックの帰途、同じ場所で凄い夕焼けに出会ったが、この日は視界朦朧。
これはこれで美しいひかりだ。
80年近く生きてきて、何気ないどんな光も美しく感じるのは幸せなんだろうな。
写真家という職業を選んでよかったよ。

毛越寺庭園を撮影したのは何年前だろう。
確か『FRONT』という雑誌で、1990年代だったと思うので35~6年前になるかな。その時は4×5インチカメラで7~8カットは撮った。
グルリと一回りしてみたら、以前よりも広く感じたのはきっと自分が歳をとったからだね。
撮影した時もそうだったが、今回もやはりこの石組みに惹かれた。
自然のままではこうはならないし、見え透いた作意が感じられてもちろん心惹かれない。
石を組むというのは自然と人間の工夫が無理なく収まる一点があるんだ。
たまに現代の庭園を見ると大体が大袈裟に出来ていて、作為ばかりが鼻につく。
正面に見える石は2011年の震災の際に、微妙に傾いたので、また元の角度に戻したらしい。その時にわかったのだがこの微妙な立ち方も地中に埋もれている部分は案外浅かったと聞いた。
あの震災の強い揺れでも倒れない立て方を昔の庭師はどうしてわかるのだろうね。
Recent Comments