2009/07/11

大坂屋与兵衛

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またまた京都に関係した話が続きます。

先日、鎌倉の古書店「公文堂書店」にて、偶然おもしろい本を手に入れました。
宇高随生さんが書かれた『写真事始め』です。奥付を見ると初版は1979年ですからそれほど古い本ではありません。
発行は京都の柳原書店です。
幕末に京都で活躍した写真師大坂屋与兵衛に関する記述が大半で、これがとても興味深いのです。

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2009/07/04

半夏生(はんげしょう)

半夏生という植物をご存知だろうか?
ドクダミ科の多年草で穂状の花序をつくり、先端に小さな花をつける。
花序に近い葉だけ、つまり、茎の上部に付いている葉だけが今の時期だけ真っ白に変わる。
しかも、葉の片側だけ白くなることから「半化粧」の字をあてることもあり、「カタシログサ」とも呼ばれる。
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先日京都へ行った折に、昼の時間を利用して建仁寺塔頭のひとつである両足院へ行った。寺の庭に半夏生が群生していると聞いて見たくなったのです。
その日の両足院は法事とかで、午前中は閉門していたために、花見小路で昼食を済ませてから午後一時過ぎに再び寺に向かった。降り続いていた雨も止み、幸いにも訪れる人は少ない。門を入ると池泉回遊式庭園の池の周囲を囲むように、半夏生は群生していた。

まじりっけのないきれいな緑色のかたまりの上部だけが、真っ白に見える。遠くから眺めると、そこだけ純白の雪が降り積もったように、清々しい。近づくと、葉の茎に近い部分だけ白糖をかけたように白く見える。時折落ちてくる薄日の光が白い葉の表面に溶けて本当にきれいだなあと思った。いつまでも見飽きない。なぜこんなにも僕の心をとらえて離さないのだろう。しばらく眺めているうちに、好きな理由がわかった。「鈴木」さんのせいだ。半夏生が群生している根元を、音もたてずに青大将の「鈴木」さんが滑るように進んでいく姿を想像していたのです。
僕のイメージは勝手に膨らんで、先月、「鈴木」さんが姿を消した家の庭のどくだみの群れは、半夏生に変わり、白く化粧した葉の間から、濡れたような光を発する青大将が見え隠れしている。
さらに想像は広がって、僕は雨上がりの早朝、8×10インチのカメラを持ち出し、真っ白な半夏生が群生する緑色の陰で、静かに輝く「鈴木」さんを撮っているのだ。

実は昨日、鎌倉の津田造園さんに電話をしました。
僕の想像を実現させたいのです。
我が家の庭のどくだみを半夏生に植え替える決心をしました。
早速来週、津田さんが見本の半夏生を持って来てくれることになったのです。もしかしたら、来年の今頃は、半夏生と一緒に「鈴木」さんが写っている写真をこの場で見せられるかもしれません。

・・・運がよければですが。

 

2009/06/30

上七軒の名妓

勝喜代さん

京都の花街(かがい)が五カ所あることを最近知ったくらいなので、今まで京都のお茶屋で遊んだ経験がなかった。『京の花街』(日本評論社)という本を著した太田達さんと知り合いになった縁で、せっかくだから、やってみたいことがあると、思い切って太田さんに話してみた。それは、京都で一番古い花街で一番年長の芸妓さんに遊ばれてみたい、と以前から思っていたのだ。その念願が太田さんの肝いりで、ついに実現することになった。

祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町、上七軒と五カ所ある花街の中で、最も歴史が古いのは上七軒だ。その成立は『京の花街』によると室町時代にまでさかのぼる。
北野天満宮の社殿が火事で焼けた際に、社殿を復興造営した用材を使って、門前の松林に七軒の茶店を建てたのが「上七軒」の地名の由来だ。その後、豊臣秀吉が北野天満宮の松原で、例の「北野大茶の湯」を催し、七軒茶屋を休憩所にした。それをきっかけにして茶屋株を許されたのがお茶屋の始まりと伝えられている。「大茶の湯」の後で、秀吉や利休もひととき上七軒の茶屋で遊んだのだ。そんな話を聞くと、なんとなく秀吉や利休が身近に感じられる。

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