2025/08/15

火の儀式

人は「火」を見ると何を感じるのだろう。 各地に残る火の儀式を考えると、太陽を連想するのが自然の流れで、太陽は生命の源であり、また、破壊の象徴でもあろう。 太陽信仰、祖先崇拝、汚れを祓う浄化などの諸説あるけれ…


2025/08/13

火炎

火炎を見ると体がゾワゾワする。 理屈じゃない。 考えたから体が反応したわけではない。見た瞬間にもう落ち着かないのだ。この感覚を、言葉で伝える力は私には無いけど、写真なら近づけるかもしれない。 火炎のせいで、身…


2025/08/10

象徴としての橋

神域へ踏み入る象徴としての橋。 繋ぐための機能を放棄された橋。 どちらも私には興味深い。 初めは異界に飛翔する橋を探していたが、捨てられた橋も目につくようになった。 人は人の都合で橋をかけ、渡った人の数だけ想い…


2025/08/09

「おや、撮らないのか」

二日続けて真木大堂へ行った。 前日は撮影しようとしたら突然サッと雨が降ってきた。濡れた白仏は暗くなってしまうので、乾燥するまで待たなければならない。 元々は山岳信仰の場所だった国東半島に、平安時代頃に天台宗…


2025/08/09

道筋

カメラを携えてはるばる国東半島まで来たものの、昔のようには脚も効かず、眼もよく見えない。写真家にとってピントの行方もおぼつかないとなると、残されたのはあと何年か。 自分が辿ってきた道筋は、はたして良かった…


2025/08/08

まだ暗いうちにホテルを出発して宇佐神宮の呉橋へ向かった。 神域への入り口であるが、この橋を渡った先には弥勒寺があったという。現在は礎石が残るのみで建屋はない。 橋を渡るというのは、こちらの岸から向こう岸まで…


2025/08/07

日本的美意識とは

歳をかさねてもまだ写真を撮っているのだからね、本当に心動いたモノだけを撮りたいと思います。 日本的美意識とは何か問われると、すぐ頭に浮かぶのは「わび・さび」ですが、侘びを美の概念としてまとめたのは室町時代…


2025/08/07

写らないものを写真の対象として引き寄せる

写真家としてデビューしたのは1971年だから今年で54年間私は写真を撮ってきたことになる。 当時を思い出そうとしてもディテールはどんどん不確かになっている。ただ確かなことは「特別な場所へ行き、ドラマティックな風景を写…


2025/08/06

仏の顔は一つじゃない

仏の顔は一つじゃない。 時が経って目鼻がすり減りあるいは欠損して白くなったお顔は、表情を失った分だけいかようにも見えてくる。少し怒っているようにも微笑んでいるようにも、知人の誰々のおもかげさえ浮かんでくる…


2025/07/29

伊勢神宮の宇治橋

伊勢神宮の宇治橋を撮影したくなった。 伊勢神宮は今回が初めてではない。 かつて、山岳少数民族ヤオ族の始祖神話が記された「ギェセンポン」を見つけ出し翻訳に苦慮している真っ最中、『art Japanesque』日本の美と文化 […]…


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