象徴としての橋
神域へ踏み入る象徴としての橋。
繋ぐための機能を放棄された橋。
どちらも私には興味深い。
初めは異界に飛翔する橋を探していたが、捨てられた橋も目につくようになった。
人は人の都合で橋をかけ、渡った人の数だけ想いも渡ったはず。人の渡らない橋は人の想いも消え、寂しくもなく哀しくもないただのモノとして自然に還っていく。
しかし、象徴としての橋を探していたからだろうか、ただのモノに還ろうとしている橋から、人の声が聞こえた気がしてならない。
神域へ踏み入る象徴としての橋。
繋ぐための機能を放棄された橋。
どちらも私には興味深い。
初めは異界に飛翔する橋を探していたが、捨てられた橋も目につくようになった。
人は人の都合で橋をかけ、渡った人の数だけ想いも渡ったはず。人の渡らない橋は人の想いも消え、寂しくもなく哀しくもないただのモノとして自然に還っていく。
しかし、象徴としての橋を探していたからだろうか、ただのモノに還ろうとしている橋から、人の声が聞こえた気がしてならない。
二日続けて真木大堂へ行った。
前日は撮影しようとしたら突然サッと雨が降ってきた。濡れた白仏は暗くなってしまうので、乾燥するまで待たなければならない。
元々は山岳信仰の場所だった国東半島に、平安時代頃に天台宗が入り「六郷満山」文化が花開いたと言われている。中でも豊後高田の真木大堂は、都ぶりの木造阿弥陀如来坐像をはじめ不動明王像、巨大な大威徳明王像など九体の仏像が安置され、仏像好きにはたまらない場所だ。
旧本堂を横目に見て、歩道脇の石仏群から白仏を探す。
傾いた小さな石祠があり覗くと中に白仏がいらした。お顔には苔の一種だろうか、鮮やかな緑色と枯れ散った葉に覆われて消えた目鼻が一層隠れて見えない。
しばらく眺めていたら、「おや、撮らないのか」と言われた気がした。
カメラを携えてはるばる国東半島まで来たものの、昔のようには脚も効かず、眼もよく見えない。写真家にとってピントの行方もおぼつかないとなると、残されたのはあと何年か。
自分が辿ってきた道筋は、はたして良かったのかどうかわからない。正しかったかどうかよりも、今だにこうしてワクワクするのだから、悔いのない時間を過ごしているのは間違いないのだろう。
目の前に在る小さな石仏をジッと見つめていると、この像を依頼した者も、彫った仏師も今では誰もが土の中だ。生きている間は何をしたい、何になりたいなどとあれやこれや考えるけれど、時が経てば行き着く先は一緒のこと。
珍しくセンチメンタルな気分に浸れるのも、私には白仏に出会う楽しみの一つです。
出来得るならば、感傷的気分から詩を感じ取る感受性まで遠く翔ぶことが出来たらどんなに幸せだろうかと願ってしまう。
Recent Comments