「後衛写真家」

このところ急に寒くなってきたので、体調を崩されている方も多いのではないかと思います。僕も昨日から寒気がして、どうも風邪をひいたらしい。すばやく医者へ行って、薬でももらえれば悪化させずに済むのだろうけど、そうもいかない。モノクロ写真のプリント焼き直しです。

このところ時間をみつけては、1/1日から始まる自身の作品展に出品する写真を焼いているのですが、またまたやり直しです。

カラーの「神殿」の写真はプリントが終了したのですが、それぞれの作品を並べてみたら、モノクロの「FACES lll」が気に入らない。焼きのトーンはよかったのですが、作品のサイズがしっくりこないのです。天上高のせいで大全紙でも小さく感じてしまう。12月も残り少なくなってくると、気持ちが落ち着かない。スケジュールギリギリではなおさらです。多少、体調が悪くても今のうちに完成させたい。それで、今から暗室に入ることにしました。


もう40年以上、暗室作業しているのに、いまだに苦労している。前回焼いたプリントとどうしても一致しない。こんな自分が情けない。

カラー用のヘッドに入っているランプは散光式です。このタイプでモノクロを焼くと、いかにも散光式のトーンになり、今回の真っ黒にはふさわしくありません。それで、カラーの引き伸ばしが終わったら、モノクロ専用のヘッドに付け替えなければならない。

8×10インチの引き伸ばし機ヘッドは、とても重い。一人では持ち上げることができません。助手に手伝ってもらってやっと乗せ変えることができる重量です。この引き伸ばし機は日本に2台しかありません。会社はとっくに解散し、もちろん製造はしていません。部品が壊れたらそれでおしまい。現在の情勢でデジタル以外の方法で写真を作ろうとしたら誠に不便です。


僕は最近こう思っています。以前は「前衛」という言葉がよく使われていた時期がありました。それに「芸術」をつければ「前衛芸術」、時代の最先端をいく芸術という意味だったのでしょう。その言い方でいうと、僕のように失われていくフィルム写真にこだわっているのは「後衛写真家」になるんだろうか。今の心境は、フィルムの最後を僕が見届けてやる、フィルムに引導を渡すのは自分だ、ぐらいの気持ちです。時代に取り残されて消えていくフィルムというものにこれからもずっと関わっていきたい。後ろを振り返るのでなく、後ろを見つめながら歩いてる。

僕はフィルムが無くなっていく時代に生きてる。フィルムの運命は、地上に生まれてから200年間も存在しないかもしれません。でもね、フィルムにはデジタルとは違う味があるのは確かです。

気に入ったトーンを出すのは本当に難しい。残り4点のうち2点は気に入ったように焼けたのですが、あと2点残ってしまった。

また明日焼きます。

 

4 Responses to “「後衛写真家」”

  • patra |

    先生,ルルでも効きますから飲んでください。ご自愛ください。

  • イシザキミチヒロ |

    大変ご無沙汰しています。
    後衛写真家、びっくりするネーミングですが、ピンときました。
    十文字さんが言うから説得力があるのですね。
    フィルム関係はほんとうに色々なものがなくなってきました。
    個人的にはとても悲しいです。
    8×10のポラのニュアンスが大好きだったのに・・

    展覧会、楽しみです。
    1月3日にお伺いしたいと思います。会場にいらっしゃいますか?
    ご挨拶に伺えていなくてスミマセン。

    • Bishin |

      連絡ありがとう。
      今、暗室から出ました。今日でやっとプリントも一段落。
      1/3日は会場にいます。ぜひ写真を見てください。
      もし、姿が見えなければ、カフェでコーヒーをいれてます。声をかけてください。

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