2009/07/04

半夏生(はんげしょう)

半夏生という植物をご存知だろうか?
ドクダミ科の多年草で穂状の花序をつくり、先端に小さな花をつける。
花序に近い葉だけ、つまり、茎の上部に付いている葉だけが今の時期だけ真っ白に変わる。
しかも、葉の片側だけ白くなることから「半化粧」の字をあてることもあり、「カタシログサ」とも呼ばれる。

先日京都へ行った折に、昼の時間を利用して建仁寺塔頭のひとつである両足院へ行った。寺の庭に半夏生が群生していると聞いて見たくなったのです。
その日の両足院は法事とかで、午前中は閉門していたために、花見小路で昼食を済ませてから午後一時過ぎに再び寺に向かった。降り続いていた雨も止み、幸いにも訪れる人は少ない。門を入ると池泉回遊式庭園の池の周囲を囲むように、半夏生は群生していた。

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2009/06/30

上七軒の名妓

勝喜代さん
京都の花街(かがい)が五カ所あることを最近知ったくらいなので、今まで京都のお茶屋で遊んだ経験がなかった。『京の花街』(日本評論社)という本を著した太田達さんと知り合いになった縁で、せっかくだから、やってみたいことがあると、思い切って太田さんに話してみた。それは、京都で一番古い花街で一番年長の芸妓さんに遊ばれてみたい、と以前から思っていたのだ。その念願が太田さんの肝いりで、ついに実現することになった。

祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町、上七軒と五カ所ある花街の中で、最も歴史が古いのは上七軒だ。その成立は『京の花街』によると室町時代にまでさかのぼる。
北野天満宮の社殿が火事で焼けた際に、社殿を復興造営した用材を使って、門前の松林に七軒の茶店を建てたのが「上七軒」の地名の由来だ。その後、豊臣秀吉が北野天満宮の松原で、例の「北野大茶の湯」を催し、七軒茶屋を休憩所にした。それをきっかけにして茶屋株を許されたのがお茶屋の始まりと伝えられている。「大茶の湯」の後で、秀吉や利休もひととき上七軒の茶屋で遊んだのだ。そんな話を聞くと、なんとなく秀吉や利休が身近に感じられる。

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2009/06/24

フレーム

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6月22日、京都市内から北東へ向かって車で約1時間走り、滋賀の朽木へ行く。 朽木には「三角屋」さんの工場があるのです。「三角屋」さんとは変わった名前ですが、僕が一番信頼してる建築家集団で、親方の朝比奈さんに頼んでいた木材を確認しに来たのです。

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僕は今年の9月5日から、日本橋の「ギャラリー・ショウ」で写真展を開催する予定です。その個展のための作品は新作で、顔をテーマにした写真にしようと考えています。 僕の写真家としてのデビュー作は、顔をフレームアウトした「首なし」写真だったので、いつの日か首から上を、つまり「顔」あるいは「頭」を撮りたいと思い続けてきたのです。 最近になって、撮りたい顔写真が少しずつ明確になってきました。

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