「ピクニック/雑誌メディテーション/1977年」
ギャラリー展示作品の内
「ピクニック/雑誌メディテーション/1977年」
写真家になってからの私はずっと不安感神経症に悩まされていた。
予測不可能、意味不明、曖昧、つまり原因もわからず結果も想像出来ないものが、最も真理に近い、という感覚に支配されていた。
上手く言葉に置き換えられないが、人生に於ける力の傾きは偶然に支配されている。なのに、自分の理性はどうしてもその絶対的ともいえる偶然を受け入れてくれない状態が続いていた。
突然襲ってくる不安感をどう解決していいのかわからないまま日常生活を送っていた。
ある時、精神のバランスの悪さそのものを写真に撮れないか、と考えた。
少年の頃日常的に受けた暴力、さまざまな体験を忘れようとするあまり曖昧になってしまった父の記憶。記憶のスクリーンに微かに残る数少ない映像を写真にしてみようと考えた。
イメージの現実化は写真こそふさわしく思えた。
記憶を基に探し出した場所で、二人がもつれ合っている。見ただけでは何をしてるのかよくわからない。時には争う怒鳴り声も聞こえるが、喧嘩ではないらしい。車窓から見えた二人もやはり正体不明だ。何をしてるのか、あるいは何もしていないのか。
撮った映像に微かでも父のイメージが残っていれば作品として成立させることにした。
タイトルの「ピクニック」は、父と二人のあり得ない夢のまた夢を言葉にした。