2022/09/23

「砂漠にタコ、松下電器トランジスタラジオ雑誌広告/1975年」

砂漠にタコ、松下電器トランジスタラジオ雑誌広告/1975年

ギャラリー展示作品の内
「砂漠にタコ、松下電器トランジスタラジオ雑誌広告/1975年」

ある出来事が起きそうな予感をビジュアル化出来ないか、と考えていた。
映画のようなドラマをたった1点の写真で表現することは可能か挑戦しようとした。広告だからこうしなければならない、というような条件や常識にとらわれたくなかった。むしろ広告だからこそ破天荒にやりたいと思っていた。

完璧に説明がつく写真はつまらない。
当時はどこか辻褄が合わないような唐突感に強烈惹かれていた。
挙句の果ては、むしろ馬鹿馬鹿しさが持つ強さに思いっきり惹かれていった。

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2022/09/22

「藤崎/1970〜73年」

 

ギャラリー展示の内
「藤崎/1970~73年」

藤崎とは、高校生時代私が16歳の時に知り合った。
彼は1学年下の後輩だったがすぐに意気投合した。今思い起こせば恥ずかしい気持ちにもなるが、当時流行の実存主義は歴史に残る価値があるや否か話したり、西東三鬼や原口統三の本を貸し借りした。
横浜野毛のジャズ喫茶「ちぐさ」へ通い、オーネットコールマンのフリージャズをリクエストしてマスターの「オヤジさん」に生意気だと怒られた。
自作のズダ袋を首から下げて奇妙な笛を吹き合い、パイプ煙草の草をウヰスキーに漬けて煙を楽しんだ。
晴れた日でも黒い蝙蝠傘を持って歩いたし、暗黒舞踏の大野一雄さんを紹介してくれたのも藤崎だった。
実験音楽やフルクサス、具体美術などを通して日本的前衛とは何か語り合い、二人で勝手に実演したりしていた。

藤崎に出会ったことで、私は恵まれた青春時代になったと思う。
そのうち藤崎はオートバイに心酔し、私は写真の世界に没入していったので、徐々に会う機会も減っていった。

展示した写真は、久しぶりに会った時に撮影した。
当時「夢の島」と呼ばれた東京湾埋め立て地へ行き、藤崎所有の50ccランペットに火を点けた。

M→藤崎正記


2022/09/22

「近眼旅行/雑誌話の特集/1973年」

 

ギャラリー展示作品の内
「近眼旅行/雑誌話の特集/1973年」

私は眼が悪い。近眼である。普段は眼鏡をかけているので日常生活に支障はないが、眼鏡を外すと途端に視界に映るものの輪郭がぼやけ、認識が曖昧になる。

ある日、むしろハッキリ見えないことによって形態の抽象性が増し、かえってモノの存在する実感は強くなるのではないかと思った。
それに、輪郭がボケると視界に映る被写体の何に興味を持つのか、自分なりに確かめたかった。

そこで使用するレンズ(この場合ブラナー80mm)のフォーカス位置を、私の肉眼でピントが合う距離に合わせて固定し、旅に出た。

焦点が合わないまま無理に見ようとすると、しきりに動くものに興味がいくことに気がついた。

今回ギャラリーで展示するのはこの時撮影した作品の内、乗り物ばかり選んでプリントした。


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