「十文字美信1970年〜80年代の作品」

untitled (首なし)

BISHIN JUMONJI GALLERY再開に向けて準備中。

「十文字美信1970年~80年代の作品」

写真家としてデビューした1971年6月、私は24歳になっていた。この年マクドナルド1号店が銀座三越に出店し、日清カップヌードルが新発売され、NHK総合テレビが全番組カラー化に踏み切るなど来たるバブル景気に向けて、大衆が文化の中心になるべく着々とエネルギーを溜め混んでいるような時代だった。前年に起きた三島由紀夫割腹自死事件の記憶もまだ生々しく残っていた。助手時代、自死直前までの3ヶ月間三島さんと身近に接触した印象から、まさか本当に割腹するとは私自身も想像出来なかった。

人生は予期せぬ出来事の連続である。

当時の私は収入に対するおぼつかなさよりも原因や出どころのはっきりしない「不安感」に悩んでいた。心の底から沸き上がってくる正体不明の焦りに怯えていた。姿が見えないものにこそ本当の力が傾いていくのではないかという直感をどう始末したらいいかわからなかった。
日常的に「不安感」を抱えるというのは辛く厳しい生活だったが、しかしこの気持ちだけは自分にとって真実であり、表現する手がかりとして頼りになる大切なものでもあった。言い方は変だが、確かな「不安感」が撮影意欲の源泉になっていったのだと思う。

写真そのものに対しては、決定的瞬間を良しとする世間の風潮や傾向に疑問を感じていた。どの一瞬が決定的かどうか誰にもわからない。見る角度によっても異なるし、時代の流行が決めている場合だってある。多くの人が理解しやすい一瞬を決定的と言い切る楽天性に馴染めなかったのだ。象徴から見落とされたところに、追求すべき深い到達点があると思っていた。撮影するにふさわしい瞬間は私も含め誰にも決められない。

写真は目の前にある見えるものを写すことで成り立つなら、見えないものはどうしたらよいのか考えるようになった。結果、全身のポートレートから顔だけをフレームアウトした作品に行き着いた。見えない顔の行方は、写真を見た人の想像と記憶との関係に委ねられる。その曖昧さが当時の自分の不安感にぴったり当てはまると思えたのだ。
撮影方法は、まず被写体の全身が入るフレームを決め、顔分のサイズだけカメラをシフトダウンして結果顔をフレーム上部外に押し出した。そのため、足元から下は不安定な空間が写った。
1972年『カメラ毎日』に作品「untitled」と題して発表しこれが実質的なデビュー作となった。タイトルは当時同誌編集長だった山岸章二さんが決めた。

ほとんど同時期に雑誌『anan』編集者椎根大和さん、『週刊プレイボーイ』編集者小田豊二さんから撮影依頼があった。
元々ファッションには興味があり、以前から考えていたことがあった。特別な服を特別な場所で撮るのではなく、生活でよく目にするありふれた場所(それもなるべく普段の出来事に遭遇する)で撮りたいと希望していたので、可能な限りロケを望んだ。日常的な偶然性を盛り込んだファッション写真を目指した。写真家を「社会科」「婦人科」などと区別して呼称していた時代、むしろジャンルを越境した仕事に挑戦したかった。

『カメラ毎日』『anan』で発表した作品を見た資生堂のデザイナー太田和彦さん、松下電器デザイナー東澤雅晴さんから雑誌広告の撮影依頼があり、これをきっかけに私自身には予想外だった広告写真の世界に踏み込むことになっていった。前後して雑誌『話の特集』から連絡あり、隔月に作品を発表した。

写真家として独立してからは広告写真、雑誌のグラビアページ、そして誰からの依頼でもなく発表のアテもないいわゆる「作品」と呼ぶ自主制作の写真など、手当たり次第に写真を撮った。しかしそれら当時のネガやポジフイルムの幾つかは、事務所や自宅を度々移転する間に紛失してしまった。残った数百点の写真には、残るだけの理由があるのだろう。ギャラリー再開に当たって手元に残った当時の写真をまとめて展示しようと思った。言葉では説明出来ない何ものかが群れているようでもある。20代~30代当時、「不安感」に怯えながら記録しようとしたものは何だったのだろう。1970年~80年代の光と影を確認するだけでなく、今につながる新たな可能性を発見出来たら幸いだと思う。

展示作品(予定)
「untitled首なし(雑誌カメラ毎日)」「藤崎」「近眼旅行(雑誌話の特集)」「スナップショット」「ピクニック(雑誌The Meditation)」「heavy (雑誌週刊プレイボーイ)」「水中ヌード(雑誌週刊プレイボーイ)」「松下電器雑誌広告」「東京(雑誌流行通信)」「河原井緑(雑誌写楽)」「グッドバイ(雑誌話の特集)」「行き行きて行きゆく(雑誌流行通信)」「春小袖(雑誌流行通信)」「四谷シモン」
「資生堂雑誌広告」「林原低カロリー甘味料の広告」


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