写真と珈琲のバラード(44)

WABI 2019 Paris verso

2019年1月31日~2/23日まで、パリのマレ地区にあるピエール イヴ カーエギャラリーで写真展が始まる。
展覧会タイトルは「WABI」です。展示作品数は32点。サイズは最大1800mm×1500mmから最小A5サイズまで4種類あります。
タイトルは「WABI」ですが、作品は「わび」の美意識に基づいて撮ったものではない。
「わび•さび」と一つに括ることが多い侘びた風情を美とする感覚は、日本人であればなんとなくわかる気もするが、そもそも「わび」の美意識は何かと問われてもそう簡単に答えられそうにない。冷え、枯れ、幽玄から説明しなければたどり着かない。
現在では茶の湯世界に代表される美意識と思われていることも多いが、茶会を「おもてなし」の一つと説明する茶人もいるようだから、「わび」の美意識を茶の湯世界に結びつけるのもそう簡単なことではない。

しかし、「わび」の感覚を美意識としてまとめるのに貢献したのは侘び茶の創始者といわれる村田珠光、彼に続く武野紹鴎、千利休である事は間違いないだろう。彼等茶人がいなければ侘び茶が現代まで残る事は出来なかったし、「わび•さび」の感覚もここまで現代日本人の生活には入り込まなかった。
「わび」を茶の湯世界に閉じ込めずに、もっと広い、人によっては生きていく上で支えになるような美意識としてまとまったのはいつの時代からだろう。私は「わび」の研究者ではないから正確にはわからない。ただ、わび茶が生まれる遥か以前、遣隋使、遣唐使を派遣した頃から、日本の手本は海を越えた中国だった。思想、文化、国の統治の方法や街の作り方まで中国を手本にした。それは平安、鎌倉、室町時代に至るまで細部は変化したとしてもやはり基準にしたのは中国だった。
中世になり、積極的に中国(明)と貿易をした足利義満の時代は絵画、磁器など中国の文物が最高のものだった。もしも、時代が変わり中国との貿易が出来なくなったとしたらどうだろう。日常生活に於ける美の最高基準であった中国文物が入って来なくなったとしたら、当時の人達はどうしただろうか。

鎌倉時代を通過し、当時の京都は関東からも東北からも人や文物が流れ込み、文化的な意識も高度に発達した大都会だ。ある種の爛熟した意識も生まれる土壌は充分にあった。
ヨーシ、それなら自分たちでやってみよう。新しい基準を作ってみよう。こう考えるのは自然の成り行きだったのではないか。
中国の焼き物のように完璧な左右対象でなくてごめんね、美しい青でなくてごめんね、技術が拙くてごめんね。この一種の開き直りともとれる「ごめんね」が、私が「わび」に興味を持ったきっかけでした。
この開き直りをアヴァンギャルドの精神と考えたのです。

今回、パリのピエールイヴカーエギャラリーに展示した作品は約20年間に撮影したものです。それぞれの作品には具体的なテーマは個別にありますが、全てに共通する意識はアヴァンギャルドです。
「わび」はアヴァンギャルドだ、のつもりで展覧会タイトルを「WABI」にしました。


One Response to “写真と珈琲のバラード(44)”

  • クロキカズアキ |

    久しぶりに十文字さんの作品を披見しました。深い哲学を感じます。感謝   黒木一明

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