多摩美術大学最終講義(10)続・身体、目隠し写真

写真を撮る際に必要な要素の一つに、「身体的な感覚」があると思います。
ここで言う「身体的な感覚」とは、運動神経に近い分野と生理的な趣向に近い分野と、大きく2種類に分けられる。
どちらにも共通しているのは、思考で判断した行為に基づかないってことです。
いわゆる知識や比較が決断の引き金にならずに、学生達にはもっと速度のある本能的な感覚を体験してほしいと思っています。
写真の授業の中で「身体的な感覚」の実感をどうやって体験してもらうのか、悩ましいところです。
「見えない状態で写真を撮る」のは、私の授業の中でも大事なカリキュラムです。

学生には広いグラウンドに出てもらいます。
まずグラウンドに直線を引きます。
学生達をA,B二組に分け、A組は一定の感覚を空け、グラウンドに引いた直線に沿って一列に並びます。
目の前に三脚を立て、カメラをセットしたら、自分の目の前の直線にフォーカスを合わせます。
B組は、引いた直線の延長線上の離れたところに並んで立ちます。
これで準備完了。
A組は三脚にカメラを設置し、目の前の直線にレンズのフォーカスを合わせた状態で待ちます。
グラウンドに引いたライン上をB組の学生は一人づつ順番に全力疾走します。

「目の前に通過する瞬間にシャッターを切ってください」

やってみるとわかりますが、画角が狭いフレームの場合は、疾走する走者の足元を画面に切れることなく写すのは案外難しい。
一度だけ経験したら次は本番です。今までのはテストなのです。

A組の学生達全員にアイマスクを装着してもらいます。
完全に見えない状態になってもらいます。
その上で、B組の学生達には、先ほどのテストと同じように全力疾走してもらいます。

「目の前に通過する瞬間にシャッターを切ってください」

先ほどと同じ注文を出します。
見えていても難しいのに、見えない状態ではなおさらと思うでしょう。
ところが、です。
疾走する走者に意識を集中すると、むしろ目で見てシャッターを切るよりも、見えないほうが上手く撮ることが出来るのです。
目で見て撮ろうとすると、確認してからの動きになるから、シャッターが遅れてしまうのです。

この授業の場合、疾走しながら接近してくる走者の足音を聞いてシャッターを切っているだけでは、上手く撮ることは出来ない。
まず、疾走する走者をなるべく具体的にイメージする必要があります。
目で見て確認する場合と同様に、耳で近づいてくる音を聞いているだけでは遅れてしまうのです。

重要なことは、イメージすることと、予測することです。
近づいて来る走者を具体的にイメージし、自分の目の前を、今まさに駆け抜けていく姿を思い浮かべるのです。
走ってくる走者、待ち構えている自分、この二つを想像したら、次に疾走し、接近してくる走者になり変わり、むしろ、走者の側から写している自分を見る感覚です。
これが感覚的に掴めると、動きの全体のなかでの、鋭い刹那の瞬間に入っていくことが出来ます。
見えないことで見えてくる世界があるのです。

これも知っていることと、体験することではまったく違うのです。

 

 

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