忘れ難い撮影

ジャン・マリア・ボロンテさん

今まで何人の人々を撮影してきたかわかりませんが、強烈な印象で思い出されるのが、マカロニウエスタンの俳優としても有名なジャン・マリア・ボロンテさんです。

1984年、私はサントリーエクセレンスのロケーションでローマにいました。
グラスに注がれたウィスキーを飲む、たったそれだけの映像をいかに魅力的に撮れるか、にチャレンジしたのです。
現地入りした私たち撮影隊にボロンテさんから注文が入りました。
「内容説明は一人で来て欲しい」でした。
そこで、私と通訳が彼の自宅へ行くことになりました。
歴史ある建物の内部はシンプルに改造され、入り口と応接間の壁は数多くの現代アートが飾られていました。
しばらく待たされた後、眼光鋭いボロンテさんが現れました。

「私は何をすればいい?」

単刀直入に質問され、咄嗟にこう答えました。
「私があなたの年齢になった時、こんなふうにカッコいいウィスキーの飲み方が出来る男になっていたい」とここまで話すと、「わかった、それ以上説明しなくていい」で対話が終わりました。

撮影当日、少しおぼつかない足取りで現場に現れたボロンテさんに、スタイリストの北村道子さんが手編みのセーターをズボッと着せました。
暮れかかった旧ローマ市街を見下ろす小高い丘の上で撮影が始まりました。照明は黒澤明さんの映画で名高い佐野武治さん。ここにアップした程度の悪い画像ではわかりませんが、暮れなずむ空気が見事に美しく表現されています。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりグラスを口元に近づけるとボロンテさんは一息で飲み干されました。その瞬間、黒々と影になった山の稜線に沿ってバンと炎が上がったのです。
グラスを抱いたままボロンテさんは胎児のような格好で横になり、声にならない声を出したのです。

もうカメラマン冥利につきる、たまらない撮影でした。40年前なのに、今でも感動が残っています。


 

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