写真と珈琲のバラード(14)

私は20歳の時に偶然のきっかけから写真家になろうと決心して、横浜から東京に出て来ました。24歳で独立したのですが、それまでの4年間で、目にしたあらゆる種類のカメラ機材の使い方を覚えました。当時はフィルムでしたから、使用するフィルムのサイズ、種類によってカメラも違います。4×5インチ、8×10インチのフィルムサイズを使う、いわゆる大型カメラは、この世界に入るまでは触ったこともありませんでした。レンズによって味が違う、というのも驚きでした。レンズの切れ味やボケ味、全体のトーンのディテールが微妙に違うのは暗室作業を体験することでよりリアルに確認出来ました。

写真を撮る目的の一つに、肉眼では見えない細部をつぶさに観察する、があります。そのためには、いわゆる切れ味のいいレンズ、「キレッキレ」のレンズが相応しい。当時、大好きになったレンズがありました。だからといってそのレンズを使って写真を撮ったことはありませんでした。シュナイダー社から出している「スーパー・アンギュロン」レンズです。レンズの特性を数値で測るのはもちろん必要ですが、数字で表せない「好み」というものがあります。「スーパー・アンギュロン」はある被写体世界に埋没するためには、いつか使ってみたいと思っていました。

今から2年前に偶然ネットオークションで、「スーパー・アンギュロン」レンズを装備したリンホフのパノラマカメラを手に入れました。パノラマには何の興味もなかったのですが、レンズに惹かれて手に入れました。次回刊行予定の写真集『常ならむ』の作品中に記憶の中の「道」を撮った作品があります。その茫漠とした記憶の中の「道」には、「スーパー・アンギュロン」レンズが相応しいのです。

記憶の中に現れた曖昧な「道」を撮影するにはぴったりのレンズです。

 


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