「河原井緑さん/雑誌写楽/1980年」
ギャラリー展示作品の内
「河原井緑さん/雑誌写楽/1980年」
「原宿でスカウトされたらしいよ」と編集者の小田豊二さんから紹介された時は、果物のようにみずみずしい18歳だなと思った。
かつての日本の女優さんが持っているノスタルジックな雰囲気を感じた。幼さと成熟が交互に現れるような、見方によっては同時に現れているような、私の半分近い年齢なのに、時折りしぐさの内に、母という女性が持つ慈愛の雰囲気さえ感じていた。
ギャラリー展示作品の内
「河原井緑さん/雑誌写楽/1980年」
「原宿でスカウトされたらしいよ」と編集者の小田豊二さんから紹介された時は、果物のようにみずみずしい18歳だなと思った。
かつての日本の女優さんが持っているノスタルジックな雰囲気を感じた。幼さと成熟が交互に現れるような、見方によっては同時に現れているような、私の半分近い年齢なのに、時折りしぐさの内に、母という女性が持つ慈愛の雰囲気さえ感じていた。
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「四谷シモンさん/1972年」
状況劇場多彩な役者の中でも最高に妖艶で魅力的な女形から、人形作家として出発する四谷シモンさんを被写体に、10人の写真家が写真を撮ることになった。
私は前年に独立したばかりの駆け出し写真家だったが、幸いなことに末席に参加させていただいた。
状況劇場時代のシモンさんは本当に美しかった。
役者時代を超えて新しい魅力を引き出すのは、自分の力では難しいと頭を悩ませていた。そのため、シモンさんの肉体に過酷な条件を与えてみたらどう変化するのか見たいと思った。
「痛み」「苦しみ」「笑い」「哀しみ」の4つのアイデアを準備した。簡単に言えば拷問みたいなもの。例えどんな条件であろうと美しくありたいと願うシモンさんの美意識に賭けた。
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「東京/雑誌流行通信/1980年」
雑誌『流行通信』からファッション撮影の依頼がきた。
条件はマツダミツヒロ、イッセイミヤケ、コムデギャルソン、ヨウジヤマモトの衣装で撮る、だった。この4人のデザイナーのうち、一生さんの服以外はそれまでに撮ったことがなかった。
ファッション写真に於ける「かっこいい」とはなんだろうかを考えていた。
当時ファッション写真の第一人者といえば、リチャード•アベドンだろう。ストロボを使い、動く女性の一瞬をローアングルから衒いなく撮り下ろす。堂々としたファッションの王道を行くような写真だ。
私は私の経験から生まれ出るものしか撮れないので、アベドン風とは異なった写真になる、例えファッションだろうと広告だろうと同じこと。生きて歩いてる地が違うのだから、アベドンみたいに撮っても仕方ないじゃないかと思っていた。
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