伊勢神宮の宇治橋

伊勢神宮の宇治橋

伊勢神宮の宇治橋を撮影したくなった。

伊勢神宮は今回が初めてではない。
かつて、山岳少数民族ヤオ族の始祖神話が記された「ギェセンポン」を見つけ出し翻訳に苦慮している真っ最中、『art Japanesque』日本の美と文化(講談社)で「庭園と離宮」の撮影依頼が入った。
1983年のことである。
ヤオ族の歴史に興味を抱いて黄金の山岳地帯にまで踏み込んだのに、そのくせ日本の文化に不案内というのはイカン、これからは日本を見直そうと固く決心した矢先だったので、タイミングよく声をかけてくれた松岡正剛さんに感謝した。

この時は庭の原型として、伊勢神宮の白砂に目を付けた。
内宮の社、外宮の遥拝所、古殿地一面に敷かれた白い小石を撮った。
撮影しながら白砂とは別に五十鈴川から鳥居を望むアングルに強く惹かれた記憶がある。異界を感じる何か、水の冷たさ清浄な空気の向こう側を意識したのか。しかし、その場所から振り返っても宇治橋は見えなかった、と思う。どうだったかはっきりしない。
今回確認のために五十鈴川へ行ってみたが、やはり当該の場所から宇治橋は見えなかった。

橋は何のためにあるのだろう。

あらためて宇治橋をしみじみ見つめて写真を撮った。
 


 

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