高倉健さんのライヴ

風に訊け 高倉 健

高倉健さんが一日だけライヴをやる、という話がありました。
2000年9月のことだったと思います。

当時、資生堂が香水「禅」の新しいシリーズを発売することになり、その発表に合わせ、私の阿弥陀仏像写真を使ったインスタレーション(暗闇に瞳孔が慣れるまでの「暗順応」を利用した映像)作品を高倉さんに観ていただいたのです。
後日、感想の電話がかかってきました。
ひとしきり作品の話をした最後に「今まであれほど嬉しそうな十文字さんの顔を見たことなかったけど、ライヴというのは特別魅力があるのですか?」と、言われました。
即座に、もし高倉さんがライヴに興味あるなら私が構成演出を考えますから、一度舞台に立ちませんか、と誘ったのです。
何と言っても私自身が観たかった。
映画のスクリーンではなく、生の高倉健の魅力を舞台で観たい。あの声と姿を高倉ファンの方々と一緒に目の当たりに観ることが出来たら、どんな時間を共有することになるだろう、想像しただけでも熱くなってきたのです。

数日後、世田谷にある私の事務所へ来ていただきました。
照明デザイナー藤本晴美さんを通じて、ライヴ会場は有楽町の東京国際フォーラムを予約出来ました。
高倉健ライヴを考えています、と話したらフォーラム担当者が無理矢理一日だけ空けてくれたのです。

やはり高倉さんの歌を聴きたい。

私が説明するライヴの構成内容を真剣な面持ちで聞かれていました。
高倉さんは、どちらかと言えば話好きだと思います。食事をご一緒した時には必ず映画の話になり、普段聞くことが出来ない裏話などユーモアを混じえ、饒舌というわけではありませんが、独特のま(間)を挟んで語ります。稀にお母様の記憶を話されることもありました。

舞台でそのまま、普段私たちにするように話をされたらいかがでしょう。映画での話、最後にお母様の思い出を一つだけ語ってください。
そして、話が終わり、舞台を去る際にどうしてもやっていただきたいことがあります。
こう言って私は立ち上がりました。

かねがね、俳優ではアンソニークインが好きだと聞いていました。
アンソニークイン主演映画に『その男ゾルバ』があります。劇中、共演のアランベイツと肩を組み砂浜でダンスを踊る場面があるのですが、そのステップを高倉さんが踊ったらまたどんなに魅力的だろうか、と考え、何度も何度も繰り返し映画を観ながらグリークダンスのフリを覚え高倉さんの見ている前で披露したのです。
指を鳴らしながら、アンソニークインになり代わった気持ちで一心不乱に。ライヴの最後に高倉さんが踊りながら舞台を去って行く、を頭に描いて。

ふと、高倉さんを振り返ると、踊っている私に向かって合掌していました。
顔の前で手を合わせ、少し涙ぐんでいました。
何も言わずに、むしろ恐い顔で私を見ていました。

「十文字さん、私に2週間時間ください、やるかどうか考えます」
そう言われてその日は帰られました。

それから13日目に高倉さんから電話がありました。
「今は映画『ホタル』のことで心がいっぱいです。十文字さん、やはりライヴは出来ません」
電話の声を聞きながら、高倉さんが大切にしている部屋に勇足で踏み込んでしまったような後悔の気持ちが湧いてきました。

後日私が留守の時に事務所に来られて、丁寧なご挨拶をされ帰られたとスタッフから伝言がありました。

高倉さんのライヴ・・・この時のやりとりを思い出すと今でも残念で申し訳ないような、複雑な気持ちになります。

本日、CD発売です。


 

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