写真と珈琲のバラード(12)
連日、暗室に籠ってプリントをしています。
次回刊行予定の写真集『常ならむ』に掲載する作品に取り組み、先月、6章で構成する作品の内の1章「残闕」(ざんけつ)のカラープリントが終わりました。写真家といっても、デジタルしか経験ない人は、フィルムで撮影して紙焼きをする、なんて知識だけでそのうちに「やったことない」人も出てくるのだろうね。
以前は(私が写真をやり始めた4~50年前ですが)、温度管理など環境の整備や現像の手順が複雑だったので、自分でカラープリントをする、という発想は持てませんでしたが、今は混合された現像液も手に入るようになり、その気にさえなればカラープリントが自分の暗室で出来るのです。
暗室作業は撮影と等しいくらい、あるいは場合によっては暗室作業の方がさらに神経を使います。基本的には露光時間と焼き付ける光の強さの相関関係で画像を決定していきますが、モノクロプリントとカラープリントの大きな違いの一つは、カラーの場合は全暗で作業を行わなければならないことです。モノクロなら赤色のセーフティーランプを点けることが出来ますが、カラーの場合は真っ暗で全ての作業をしなければなりません。手探りで行うわけです。
これでいいのだ!とプリントの画像世界を決定する基準に濃度があります。いわゆるコントラストと考えてもいいでしょう。昔なら印画紙の番号によって紙の濃度を決めていましたが、現在は紙の種類ではなく、フィルターによって濃度を変えていきます。カラーの場合はコントラストに加えて、最も大事な色調の問題がありますね。カラープリントの色調はY,M,Cの3原色を組み合わせることによって作り上げていきますが、これが経験を積まないとなかなか思ったようには出来ないのです。何故難しいのか、というと、プリントの原稿はネガカラーフィルムですから、色彩の加減は、補色関係になるからです。わかりやすく言うと、もっと赤色を強くしたいと欲した場合は、M(マゼンタ)色のフィルターを弱めるか、赤の補色であるC(シアン)色のフィルターを強めなければなりません。簡単な色の加減ならまだどうにかなりますが、これが複雑な色彩の組み合わせを自然に見えるように作り上げるとなると、よくよく冷静に進めないと混乱してくるのです。まあ、何でもそうですが、この複雑な作業を楽しめないといいものは出来ません。
冒頭にアップした写真は茨城県桜川市椎尾にある薬王院山門に安置する金剛力士吽像の左腕です。鎌倉時代末期作と想像していますが、解体修理のタイミングで撮影させていただきました。この筋肉の表現を見てください。造像ぶりから察すると地元の作ではなく、都から来た仏師が彫り上げた腕ではないでしょうか。江戸時代に修理の手が入っていますが、原型は700年以上前のものです。ヨーロッパルネッサンスの遥か200年以前ですから驚きます。
ちなみに、椎尾の薬王院には素晴らしい三重塔があり、観光客も見ない静かな寺院ですから機会があれば是非訪ねていただきたいと思います。