多摩美術大学・十文字美信最終講義(1)
2014年3月末日をもって、多摩美術大学教授の職を定年退職します。
2004年に着任しましたから、来年でちょうど丸10年になります。
月並みな言い方ですが、本当に月日が過ぎ去るのは速いです。
大学の職に着くのは、この時がまったく初めてでしたから、多摩美のキャンパスに期待と不安が入り混じった気持ちで行ったのが懐かしい。
着任初年度から優秀で熱心で可愛い学生たちに恵まれて、戸惑うこともなくスンナリ授業に入れました。
私の前任が脇リギヲ先生でしたから、授業の中心は暗室作業だったようで、当初学生たちは撮影の楽しさ面白さに気付いていないようでした。
それに最も難しいのは、多くの学生たちは写真家志望ではない、ということです。
グラフィックデザイン学科ですから、将来はグラフィックデザイナー、イラストレーター、ウェブのゲームソフトを作る、あるいはアニメーター、中にはTVCMの企画演出、などを希望する者が多く、写真家志望は年に3人もいないでしょう。と学科長から伝えられていました。
写真家志望であれば、技術的な指導をベースにカリキュラムを考えられますが、写真家志望でない若者に写真を教えるのは何をどう伝えたらいいか、をまず初めに考えました。
写真を撮る、ことで、普段気付かなかったことに気付いてもらいたい。
写真を撮らなければ、それほど気にしなかったことの筆頭は「光」です。
原初に太陽があったこと。
可視領域、波長、色温度の常識をサッと話してから、実際に写真を撮るために必要な光の知識を教え、体験してもらう。
「3種類の光」
①ダイレクト、②ディフユーズ、③バウンス
「光の7つの方向」
①トップ、②ナチュラル、③フロント、④サイド、⑤バックサイド、⑥フット、⑦バック
この「3種類の光」と「光の7つの方向」を3ヶ月間スタジオでみっちりやることにしました。被写体は真っ白なキューブと同じく真っ白な球体です。
実際にやってみると解りますが、同じ被写体が3種類の光それぞれで、まったニュアンスが違って見えます。
光の方向も同じことが言えます。当たる方向によって印象が見事に違うのです。
太陽光は基本的に上から射してきます。ですから、光と影で表現する凹凸は、影が下方向に落ちているものを自然に受け入れてしまうのです。影が上方向に伸びる立体に対してどんな感情を持つか、実習します。
そして「光」を工夫することによって「輪郭」「素材感」「立体感」「色彩」の4つを際立たせる技術を学びます。
それらはすべて「3種の光」と「7つの方向」駆使することで可能です。
方向はそれぞれ中間があるわけですから、3種類の光と組み合わせると、方法は無限に広がっていきます。
余裕がある場合は、光源にエフェクトをかけてみます。
持っているハンケチをライトに近づけ、あるいは着ているシャツを脱いでバウンス板に貼り付けてみます。
白いキューブや球体の印象が、まるでマジックのように変化していきます。
この3ヶ月間のスタジオ実習を無事に体験することが出来れば、撮影は一気に面白くなってきます。
学生は今までこれほど光に注目してこなかったでしょうから、実際に目のあたりにすると、たいへん興味を持って取り組んでいきます。
そして、いよいよ最初の課題を提出します。
この最初の課題は、撮影者にとって、とても難度の高い課題です。
プロでも思案にくれるような課題を考えます。
質問は一切受け付けません。
こうして僕の授業が始まります。