楽しいこと
今は朝の5:00です。
茶毒蛾の痒みのせいではないのに、1時間以上前から目が覚めてしまいました。
布団の中でボンヤリしながら、亡くなった母のことや記憶も薄れかけてる父のことを思い出していました。
僕の人生は思わぬことの連続でした。
多分ほとんどの人がそうなんだろうな、と思います。
今仕事としてやっていることは、CMの写真撮影、TVCMの撮影(動画)、大学教授(講義、実習指導)、ギャラリーの企画運営、カフェマスター、毎月の写真審査。それら以外に自分が撮りたい写真撮影(作品と言われてるもの)があります。
こうして並べてみると、作品撮り以外はいつの間にかやることになったものばかりです。
僕は家庭の事情で15歳の時から一人で暮らし始めました。
ですから社会に出て働き始めたのも早かったのです。高校生の時も生活の半分は学生で残りの半分は横浜の港で沖仲士をやっていました。
子供ながらも将来の夢を抱いていましたが、現実はことごとく予想に反した展開の連続で、一時期は徹底的にグレてしまおうか、とも思いました。
事態に直面している時は対応に必死ですから思わないのですが、落ち着いてくると「何でこうなったのだろう」といつも考えます。
家族に保護されている間は、生活に大きな変化はなく順風満帆に進行するでしょうが、社会に出るとそうはいかない。早い時期に働くことを経験すると、予測を超えた事態に遭遇する機会が多いのです。経験が少ないから予測できることもタカがしれてる。
僕はこの頃から何となく身に付けたものがあります。
それは降りかかってきた事態に抵抗しない、ということです。
微妙なニュアンスは伝えにくいのですが、諦めることとは違います。むしろ、積極的に受け入れるのです。
例を上げると、経済的な事情で港で働くことになった15歳の時も、仕方なく港に行ったのではなく、その時出来る事で賃金が高い仕事を探したらそうなったのです。今まで全く覗いたこともない世界だったので、興味の連続で、毎日が楽しくて仕方なかった。
俗に言われる「飲む打つ買う」はこの時期でした。
横浜港に大桟橋がありますが、その入口横から小さな艀に乗って沖の本船に向かいます。
青いプラスチック製の弁当が支給されますが、おかずは揚げものメインです。しかしこれが案外美味しいのです。今のスタジオで食べてる弁当より美味かった。蓋に「厚生協会」とエンボスがありました。
艀に乗り込む時に「ノンコ」と呼ばれている手鉤を2本渡されます。この「ノンコ」を使ってその日の荷を肩に担ぐのです。荷の種類によって呼び名が違います。米、粉、穀物類は「バラ」と言って最も手当が高い、一袋の重量が50kgです。家具、電気製品は「ザッカ」。自動車は「シャリョウ」と呼ばれていました。
いったん艀に乗って走り出すと、その日の仕事は成立したことになります。
沖の本船に到着する前に雨が降り出すと、全員「ワオーッ」と喜びの歓声が上がります。仕事は中止ですが賃金だけはいただけるからです。
人生は未知の連続なので、降りかかった事態に積極的に乗ってみるかどうか迷う時が最もワクワクする時です。
決めてしまえばそれに身を任せるだけですから、後は楽しみを見つけ出す発見力を発揮すればいいのですね。
自分が生まれてきたことだって計算外ですから、悲観的になることが最もバカバカしいと思っています。
これから起きて焙煎ですが、やってみると案外楽しいものでした。
やってみると楽しいと思う感覚は、子供の頃に身についたのだろうと思います。
おはよう御座います。
十文字先生。
私は今日大学院の視覚特論を受けました。授業が終わった時、先生にしつもんをした情報デザイン学科の留学生です。
今日の授業で色々を勉強したと思って、感謝するため、この文を書きました。
ありがとうございます、先生の新しい作品を期待しております。
よろしくお願い致します。
コウ テイホウ
大学院での勉強を期待しています。
悔いのない大学生活を送ってください。