引っ越し
昨日(20日)から今日を間にはさんで、明日(22日)まで3連休。
幸いにも、仕事が一休み。その時間を利用して、事務所の引っ越しです。
現在の世田谷区深沢には、18年間事務所を構えていました。毎年の年末にやらなければならない大掃除のようなことをサボったつけがまわってきて、それはもう、信じられないくらいのゴミの量です。本当はゴミではないのですが、転居先の鎌倉の事務所スペースが狭いので、いろいろなものを捨てざるを得ないのです。
ほとんどが本と、撮影に使用した小道具、ライティング機材です。2トントラックが2台来てもらって、運び去った後を振り返ると、「あれ、何か持って行きました?」と思うくらい、機材室の中は何事もなかったようにあいかわらず静かなゴミの山です。
さすがに、カメラ機材だけは捨てられませんでした。数えたことはありませんが、助手の山口君の話では、今ではもう使えなくなったレンズだけで100本は超えるとのこと。しかし、それらもついに処分しました。写真家稼業40年になろうかという歴史の堆積です。
普段の仕事も、僕と山口君とマネージャーを含めた3人でやりこなしてきました。このところの仕事量を考えると、3人でやるには多すぎるのは解っています。しかし、僕の年齢と、世間の情勢を考えると、いつ仕事の依頼がなくなってもおかしくない、と考えて、最小人数で切り盛りしてきました。
僕の主たる仕事は、経済的な意味では広告撮影です。広告というのは、結果を期待するなら時代を鋭角に切り取る必要があるので、多分に、若い人の職場です。フレッシュな知性と感性を求められて、その都度スタッフが集められます。還暦を過ぎた年齢の僕が、いまだに招集されるというのはありがたいことです。広告の仕事はスタッフワークです。なんといってもクライアント(広告主)という絶対的な権力者が控えていますから、クリエイターの希望だけが通ることはありません。広告は仕事の発生時点ですでに、クライアントも含めたスタッフの共同作業で成立させていく性格を有していますから、グループ作業の面白さに積極的に飛び込んでいかなければなりません。
僕は、写真家を志した当初から、グループ作業の面白さとは別に、どうしても個人的な世界を題材にして写真を撮りたいと考えていました。というよりも、自分の性格がグループ作業に向いているかどうかはなはだ疑問を持っていました。子供の頃は人前に出るのが苦手で、一人で遊ぶ喜びを見つけては夢中になっていました。なんだか、扱いにくい、ちょっと変わった子供だったと思います。祖母が毎日神棚に向かって僕の吃音が治るように拝んでいたくらい、吃りがひどかったことも一人遊びをしてしまう原因だったと思います。
15、6歳の頃から、そのような自分の性格を変えたくて、今まで遠ざけていた「やんちゃ」なグループに積極的に交わるようにもしたりしました。その数年間の経験が自分にとって大きな転機になったのではないかと思います。
引っ越しのことを書き始めたのに、話が妙な方向へいってしまいました。
とにかく、そろそろ人生の転機がきたのかなあ、と考え始めたことを言いたかったのです。
考え始めたのは4〜5年前です。
自分が撮りたい写真の世界に、どっぷり入ってみようかと。やりたいことを、やりたいようにやってみようかと。
それで、手始めに、仕事のベースを移転するのが、新たな世界に向かって歩いていくスタートにしようと考えたのです。自宅に仕事場を設けて、24時間態勢で仕事をするつもりです。撮影するスペース、撮った写真を鑑賞、確認するスペースも作りました。このデジタル時代に、昔ながらの銀塩暗室も新しく作りました。
僕のモットーといっては大袈裟ですが、次のことをやるには、今やっていることが一番忙しい時にやるべきだと思っています。暇になってからやったのでは遅いのです。今やっていることでリクエストがなければ、次にやりたいことでもお呼びがかからないのです。
だから、一番忙しい今が、引っ越しのタイミングになってしまいました。
とても忙しい時期に、次ぎの準備をやるんですね。
無精者の私を、刺激する言葉です。
でも、根っからの無精者である私は、すぐには実行出来ないので、とりあえず、「忙しい振り」をする事を、今日から止めます。
ブログは、いつも楽しみに読んでいます。
自分で自分を励ます言葉でもあります。
新しいことは、「えいやっ」の気持ちがないとなかなか着手できないですね。
その「えいやっ」は、忙しい時ほどわき起ります。
僕だけかなあ。