午前四時四十四分

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八月二日に富山から戻り、三日は都内で打ち合わせ、四日からロケハンのために阿蘇へ行く。
熊本の雨は、あいかわらず凄い。雨が止む合間を縫って撮影場所を決めてきた。

このところ、ほとんど家にいる時間がとれず、九月五日に決まっている写真展のオープニングを考えると、お尻のあたりがムズムズする。
無理ないです。プリントどころか、まだ撮影すら終わってないのだから。

それにまた、多忙だというのに、さまざまなことを、いろいろ発見してしまうから余計に忙しくしてるのです。
わかっているけど僕の性分だから仕方ない。

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富山から戻った日は、そのまま打ち合わせもあり、帰宅したのが、深夜の零時を過ぎていました。車を停めて、さあ、家に入ろうと玄関の戸に手をかけようとしたその時、柱の中ほどに奇妙なものがくっついているのに気がついたのです。近づいてよく見たら、蝉が羽化の真っ最中だった。しばらく眺めているうちに、あることを思い出した。それは「ひぐらし」のことです。

以前、極楽寺に住んでいた頃、家の裏が山だったので、夏になると蝉しぐれに圧倒されんばかりでした。中でも「ひぐらし」の声がたまらんのです。「ひぐらし」が「カナカナカナ」と独特な音を発するのは夕方だけだとばかり思っていたら、明け方にも鳴くことを知ったのです。その明け方の「ひぐらし」の声が、まことに美しいのです。


東の空がうっすら明るくなりかけると、まず、どこからともなく一匹の「ひぐらし」が鳴き始める。それに呼応するかのごとく、二匹、三匹とだんだん増え、ついには山のすべての「ひぐらし」が音を発してるのではと思わせるほど「カナカナカナ」の音が幾重にも響き渡る。まるで、自分たちの合唱を楽しんでいるかのようです。そして、完全に夜が明ける頃には、ピタッと鳴き止んでしまう。この合唱の音と静寂の間合いが実に美しいのです。

玄関の柱にしがみついて羽化してる蝉を見ていたら、久しぶりに明け方の「ひぐらし」の声を聞いてみたくなったのです。

携帯電話のアラーム音で目が覚め、時計を見たら、八月三日午前四時でした。
家人に気付かれないように静かに服を着替えて、庭に面した廊下に座る。
しばらくすると、本当にかすかに東の空に色がつき始め、それが合図だったかのごとく、どこかで「からす」が「アー、アー」と鳴き、続いて小鳥の声が「チ、チ、ヒューイ」と聞こえる。
「ジ、ジ、ジ、ジ」と鳴き出したのは「油蝉」だ。時間は午前四時三十九分。
待つことしばし。

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空が明るくなりはじめた。
ついに、「カナ・・・、カナ、カナ」と最初の「ひぐらし」が鳴き出した。時計を見たら午前四時四十四分だった。続いて「カナ、カナ、カナ」「カナ、カナ、カナ」とたちまち音が増えてくる。遠くから近くへ、近くから遠くへと「ひぐらし」の声が波のように、いっせいに響き渡る。

僕は「ひぐらし」が発する音に、一人で耳を澄ましている。
この時間がたまらなく好きです。
この「わくわく感」は、いったいなんだろうね。

午前四時五十五分、遅れて「ミンミン蝉」が鳴き始めた。
そして、鳥や蝉の声に混じって、かすかにオートバイのエンジン音も「ルーン」と聞こえる。

玄関を開けて外に出る。
主のいなくなった抜け殻だけが、昨夜と同じ場所にしがみついている。

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