水上勉さんとモロカイ島の断崖

モロカイ島の断崖

1980年ハワイ日系移民一世の撮影が終わり、タイトルは『蘭の舟』、出版社は冬樹社と決まる。
本を刊行するにあたって、私は水上勉さんに推薦文をお願いしたいと思った。
面識はまったくありませんし、無名といえる若い写真家が大作家に文章を頼むなど大胆過ぎるのではと編集者は躊躇した。
水上さんの作品『霧と影』や『飢餓海峡』も好きだったが、それよりも作家になる以前、生活苦のため服の行商をしたり、妻がキャバレーのホステスをしていたという生き方そのものが作品に反映してると感じ、表現世界が異なってもそういう作家に私もなりたいと願っていた。
直接お会いして写真を見てもらえればなんとかなるのでは、断られて元々の気持ちでした。

私は一抱えの白い水仙の花束を持って、成城にあった水上さんのご自宅を訪ねた。

持って行ったプリントをすべてご覧になると「このまま待っていてもらうなら今書きますよ」と言い残して奥へ消えてしまった。
えっ、今書いていただける?
緊張が解けないまま、驚きと感激の混ざったなんとも言えない時間が過ぎていきました。
30分ぐらいだったでしょうか、万年筆で書かれた原稿用紙2枚、テーブルの上に置かれて、「この写真もハワイですか?」と私を見て1枚の写真を手に取りました。
それはモロカイ島の断崖を撮影したもので、手作りのガラスフィルターを作り、レンズに装着して撮った写真でした。
「福井あたりの日本海にも見えました」と仰ってしばらく見つめていらした。

この時に書いていただいた水上勉さんの生原稿も、次回開催する「蘭の舟」オリジナルプリント展でご覧いただきたいと思います。


 

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