走七星羅歩 (ヤンチェットフィンコントウ)

設鬼老六
走七星羅歩

ヤオ族の設鬼(シップミエン、呪術師)老六と知り合ったことは、30代の私には幸運だった。

彼の家で暮らす間に、私はさまざまな質問を執拗に繰り返した。
彼とは漢字を用いた筆談でコミュニケーションをとったのだが、そのことも私には幸運だったと言える。
拙い話し言葉よりも漢字でやりとりした方が正確かつ受け取るイメージが格段に広がるのだ。

ヤオ人の男は成人になるために「クワタン」(掛灯)儀礼を経験しなければならない。
通過儀礼である。
通過儀礼は四段階あり、クワタンは第一のステップである。
中でも「ヤンチェットフィンコントウ」(走七星羅歩)は、クワタン儀礼のクライマックスに訪れる。

私はヤオ族の始祖神話に興味を持って以来、人類学研究者の資料を読み、「ヤンチェットフィンコントウ」(走七星羅歩)については、儀礼を受ける者が部屋の空間を歩く、あるいは走り回ることだと理解していた。そう書いてある文献もあった。
この話をすると老六は、白布に七つの銅貨を置き、決められた歩法で銅貨を踏むだけだと説明する。
七つの銅貨は天の北斗七星を現わしているので、七つの星を踏むのに走り回る必要はないのだ、と。

この話は私にとって大変興味深かった。

銅貨を写真に撮れば、銅貨として成立している物体以外の何物でもない。

銅貨の表面が写るだけだ。

ところが老六にとっては、あるいはヤオ人にとって、この時白布に置かれた銅貨は七つの星、つまり北斗七星なのだ。
同じ物体なのに、私には銅貨と見え、老六は北斗七星だという。

これは写真家である私には重大な問題だった。

以後の私の写真に大きな影響を与えることになった。
 


 

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