パリでの打ち上げ

paella

昨日、ウクライナ「Japan Mania 展」のパリ打ち上げをやりました。
市田kyo、ふみこさん夫妻、斎藤しおりさん、それにいつも空港とアパートを送り迎えしてくれる佐藤さん、僕を入れて総勢5人のささやかな打ち上げです。
パリ市内の南にある魚貝類専門のレストランを予約していただいた。
まずはワインとウオッカで乾杯。
僕と斎藤さんは、ウクライナ以来すっかりウオッカにイカれてる。
ふみこさんもウオッカ党なので前日に続いてウオッカです。
佐藤さんはワイン。Kyoさんだけは帰りも運転をしなければならずアルコールなし。ちょっと可哀想。

乾杯の後は生牡蠣をみんなでいただいた。
パリの牡蠣は美味しい。まだ少し時期が早いかもしれないけど、展示も終わったんだから、で皆も納得。
冷たいウオッカにキリリとレモンを搾った牡蠣が合いますねえ。

Kyoさんご夫妻は、僕よりはるかに歳下でむしろ息子夫婦と間違われてもおかしくない。
そんな若い二人にすっかりお世話になっている。お二人が居なければ、パリの生活はまったく違ったものになっていただろう。僕はフランス語ができない上に、パリの事情にも暗いから、些細なことで困ったことにならないよう、いつも気にかけてくださる。歳下の友人であるお二人の友情に支えられて、何とか暮らしてる。


今回のウクライナ展でも素晴らしい人たちに出会った。
日本センターの古川さん、通訳のオリガさん、公邸料理人の早川さん、そして民族楽器ヴァンデューラを弾くためにリヴィウから来られた佐久間さん。たった5日間のお付き合いでしたが、異国で真剣に生きている姿を目の当たりにして、感じることが少なからずありました。一言で言ってしまえば、「自分に誠実に」ということでしょうか。感じたことを一言では言い切れませんね。
キエフでの最後の夜は、ウオッカで乾杯を繰り返し、出発の日の朝4時近くまで飲んでしまいました。

僕のパリでの生活は、あと2週間あまり。
ウクライナから戻って来てやっと気持ちも落ち着いたのか、写真を撮る気になってきました。
僕の写真は、手当たり次第にバシャバシャ撮る、とは違って、自分自身の中で、ある特別な気持ちが湧き起こってこないとカメラを持つ気になりません。普段の自分とは違う、「撮影者」という別の人格が乗り移ってくるような気分です。その気になってカメラを持つと、撮影のためなら何でもしてしまう、別人になり変わって部屋を出て行くのです。


ところで、昨晩の打ち上げのメインディッシュは、「パエリャ」でした。
これ以上は食べられない、うつむくのも苦しい、状態までいただきました。
パリの「パエリャ」も想像以上に美味しかった。

これから身支度して、地下鉄に乗り、北駅まで行く予定です。
「撮影者」に成り切って歩いてきます。
 

 

 

5 Responses to “パリでの打ち上げ”

  • 渡会審二 |

    おはようございます、(日本では)気がつけばあと2週間くらいで帰国ですね。
    コーヒーを朝1本煎りました、前より一歩深く踏み込めるようになりました。
    これはボクには永遠に解らないものだと思いました。
    あと2週間お元気でお過ごし下さい。

    • Bishin |

      コメントありがとうございます。
      珈琲の焙煎は本当に奥が深くて面白いですね。なんと言っても火を使うからでしょう。僕は時々「錬金術」という言葉を思います。知れば知るほど偶然がもたらす妙味に感動します。僕は焙煎について、自分が思いつくありとあらゆる実験をした自負がありますが、徐々にシンプルな考え方に変わっていきました。「焦がすな」です。火を強めれば表面が焦げ、弱くして時間をかけてると芯が焦げます。このちょうどいい強さを見つけること。これが見つかればそれを基本にして、口当たりを柔らかくするには、火の強さ弱さをどのタイミングでどうするかを試すのです。僕の場合は、(1)香り、(2)口当たり、(3)味、(4)ヌケ、(5)残り香、の5項目をたてて、それぞれの基準を作りました。
      以前にも書きましたが、珈琲の焙煎は勇気が必要です。踏み込むと最初は必ず焦げるからです。人間は微かな焦げも感じる感覚を持っています。焙煎中どの時点でも焦げずに仕上げる方法を発見するのが焙煎の妙味です。弱火では芯が焦げるか、カラッと仕上がりません。強火では表面が焦げるので、どうしても時間を短縮しますよね、だから酸味が残ります。
      最近はよく「上質な酸味」とか説明してる若者焙煎師や雑誌の編集者が多いですが、最も難しいのは酸味です。酸味の前にまず、珈琲を珈琲として成立させる上質な苦味を追求しましょう。出来たら次は甘みです。これらは焙煎を踏み込まない限り到達しません。酸味をとやかく言うのはそれからです。
      でも珈琲は嗜好品だから人それぞれですよね、といわれる時もありますが、嗜好品だからこそ、自分の中で基準を設けなければ自分で創り出すことが出来ません。好き嫌い、いい悪いは、自分の感覚で決めなければなりません。
      僕の場合の基準は「品格」「気品」にしました。
      言葉で説明しても限界があります。帰国したらまた珈琲談義で盛り上がりましょう。
      渡会さんが20年以上もご自分で焙煎されていながら、「前より一歩深く踏み込めるようになりました」の謙虚なコメントに感じ入って、つい長い返事になりました。

  • 渡会審二 |

    20年経ってやっと分かったことは「焦がした深煎りは美味しくない」と言うことだけです。

  • 鈴木智子 |

    ウクライナでお会いしました住友商事の鈴木です。仏像好きの方です。打ち上げでウオッカ、いいですね。私達はその後モルドバにて日本文化の草の根活動を行い、たくさんワインを買い込んで帰国しました。昨日、鎌倉の仏像巡りをしまして、覚園寺のパンフレットに先生の名前を発見。これも何かのご縁かと思わずブログに書き込みさせていただいてます。次回は先生のギャラリーに伺いたいです。

    • Bishin |

      鈴木さん、コメントありがとうございます。ウクライナでお会いしたのも何かの縁ですね。思いもよらなかった一瞬の出会いでした。これを縁にして時々はお目にかかれるといいですね。「日本文化の草の根活動」、鈴木さんのような方達の活動があるから、日本の文化が行き届かない遠い場所にまで風が吹いて行くのですね。今回のウクライナでは普段お目にかかれない方に出会い貴重な経験をしました。
      鎌倉で仏像巡りなんて、本当にお好きなんですね。次回はぜひ、私のギャラリーとカフェを訪ねてください。美味しい珈琲を飲みながら、楽しい話を聞かせてください。

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