Fox Talbot Museum (1)

Eurotunnel 1

9/21日、Lacock,「レイコック」へ行きました。
レイコックはアメリカ読み、地元イギリスでは「ラコック」と発音します。
写真発明者であるウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットの生誕地です。現在も彼の業績を残すために写真博物館があり、当地を訪ねるのは今回のヨーロッパ行きの大きな目的の一つでした。
ところが、ロンドンからラコックへ行くには、鉄道やバスを乗り継いで行かねばならず、不便な交通機関と今回の僕に残された時間を考えて、行こうかどうしようか迷っていました。

Eurotunnel 2

パリでウクライナ展打ち上げの最中、食事の合間にタルボット館の話になり、市田Kyoさんから「それは行かねば!僕が運転します」の一言で決心したのです。

僕は全く知らなかったのですが、ユーロスターの鉄道には、車を乗せてドーバー海峡の海底トンネルを走る列車があるのですね。斎藤しおりさんの後押しもあり、フランスからイギリスまで、自動車で往復するという滅多に出来ない経験をすることになりました。


一般的に写真の発明は1839年にフランスのダゲールが発明したダゲレオタイプを始まりとしています。
ダゲール以前に写真の原理や技術を化学的に確立していたニエプスの話はすでに書きました。
ダゲールはニエプスのアイデアを引き継いだと言ってもいいでしょう。ところが、写真発明にはもう少し複雑な事情があるのです。
フランスでニエプス、ダゲールが写真術を完成させる頃、イギリスのタルボットもすでに写真技術を完成させていたのです。ダゲールが光の像を銀板に定着させるダゲレオタイプを発表した直後、タルボットは、4年前に撮影したという写真画像を王立協会で公表したのです。
タルボットが考えた方法は、硝酸銀溶液を染み込ませた紙に光を感光させてネガを作り、さらに感光紙を密着させてポジにするという画期的な研究だったのです。まさにフィルム

を使った現代の写真技術そのものですね。ネガポジ式の手段を1835年に発見していたというのですから驚きです。
タルボットが写真研究に着手したきっかけというのがまた面白い。
1833年にイタリアへ新婚旅行に行った際、カメラ・オブスキュラやカメラ・ルシーダを使って旅先の記念をスケッチしようと試みたが思うように描き残せなかった。きっとそれほど絵を描くのが得意ではなかったのでしょうね。しかし、心に惹かれた美しい風景をなんとか定着させる方法はないものか、と研究に没頭したと伝えられています。この話が真実で、タルボットが絵を描く技術に優れていたら写真の原理発明に時間を費やすこともなく、写真は違った方向に変わっていたでしょう。
僕が写真に興味を持つことが出来たのも、元をただせばタルボットが絵を描くことが苦手だったからなんですね。


今も昔も変わらず、写真をやるにはお金が必要です。現代はデジタルのおかげで金銭的な負担が格段に低くなりました。デジタルの最大の貢献です。
19世紀、タルボットやダゲールの時代に写真を研究する、なんてことになったらいったいどれくらいの費用が必要でしょう。タルボットがいくら富裕階級の出身だといっても写真技術完成までには、莫大な散財をしたはずです。
タルボットは自分が発明したネガポジ法(カロタイプと言います)を他の人が利用するに当たって、特許使用料を課したのです。これが物議を醸し、タルボットさんの印象を悪くしたのかもしれません。
その点ダゲールは特許を政府に買い取ってもらい、フランス政府から年金をもらうようにしたのです。生涯年金を受け取る代わりにダゲレオタイプが全世界に普及し、写真の発明者として永久に名前が残りました。

さて、僕のタルボット博物館訪問の話を書きます。
パリ市内を出てフリーウェイを北上すること2時間半、カレーという街に到着しました。
ベルギー国境はすぐ近くです。
パスポートチェックを済ませ、列車内に乗り込むための順番待ちをします。運良く、列の一番先頭になりました。
そのおかげで、冒頭に載せた写真が撮れたのです。
海底トンネルを突っ走って、自動車ごと僕らをイギリスまで運んだ車両の外観とその内部です。

何であれ、初の体験はわくわくします。
 

 

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