香薬師如来さま

北鎌倉東慶寺に香薬師如来像がある。

縁あって、撮影させていただくことになった。

像高73センチ、銅造で白鳳時代を代表する傑作です。

この香薬師如来像のファンは多く、亀井勝一郎さんが『大和古寺風物誌』で、和辻哲郎さんは『古寺巡礼』の文中に記述があり、また彫刻家の平櫛田中さんは、この香薬師さまを模刻して、朝夕拝んでいたそうです。

ミステリー作家の内田康夫さんの著書に、香薬師さまを題材にした『平城山を越えた女』(ならやまをこえたおんな)がある。

ところが、現在この香薬師さまはレプリカでしか見ることができません。オリジナルは行方不明です。元々は奈良の新薬師寺に安置されていたのですが、明治時代に2度、3度目は昭和18年に盗難にあい、それ以来、行方がわかりません。

海外に流出している可能性もある、かもしれません。


仏像というのは、数奇な運命をたどって今日にあるものが多いです。

東大寺の大仏もそうですが、戦火をくぐりぬけ、人間の欲望をすり抜けながら、ただただ静かに人間の行いを見つめていらっしゃいます。

香薬師さまも、明治時代に盗難にあった時は、手足を切られ、畑の中に捨てられてあったそうです。

どうしてそう度々盗まれるのか、手足を切られ捨てられてあったことから察すると、多分、この仏さまは金ムクで出来ていると思われたのでしょう。現在は銅製のみの色ですが、当初は鍍金が施されていましたから光り輝いていた時期もあったことでしょう。

『平城山を越えた女』の文中では、バールを使ってこじあけている盗難の様子が生々しく記述されています。

世の中には神仏をも恐れぬ不届き者がいるもんですねえ。

新薬師寺では、この香薬師さまの全体像を石膏で型どって保存していました。

当時の「文藝春秋社」社長佐佐木茂索さんの尽力で、型から3体のレプリカを作り、このうち1体は新薬師寺に、1体は国立博物館に贈られ、そして最後の1体は佐佐木茂索さん自身が所有していました。

その後、レプリカ香薬師像は佐々木家から東慶寺に寄贈され、それを僕が撮影したわけです。レプリカですが、オリジナルから型取りしたもので、たいへん精巧に出来ております。

白鳳時代の傑作といわれてるだけあって、可愛らしいお顔の内に芒洋とした広がりがあり、スケールを感じさせ、僕は撮影中も感動のしっぱなしでした。見つめていると、白鳳仏のおおらかさが僕に感染しそうです。レプリカでさえこれですから、なんとかオリジナルを撮りたいものです。いや、撮影の前に本物を見てみたいです。泥棒さんよ、あるいは密かに所蔵しているコレクターさんよ、日本文化のために公開せい!


亀井勝一郎さんは、この香薬師さまと調布深大寺にある釈迦如来像がそっくりだと言っています。香薬師さまが兄仏で深大寺釈迦如来が妹仏のように見えるそうです。僕には香薬師さまは可愛い女の子のように見えます。

それにしても、仏像を見つめていると、言葉にできない清々しさに満たされてきます。

 

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