次回「FACES」展

昨日(10日)で、「FACES」展終了。
大勢の方に来ていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

最終日なので、展示された状態をもう一度見なければと思い、夕方会場のギャラリー・ショウへ向かいました。途中、交通渋滞のため閉廊時間すれすれになったのですが、なんとか間に合いました。

作品というのは、人に見られる場所に置くと、自分一人だけの空間で見ているだけでは見えないものが露出します。あれはなんですかねえ。細部までよく見えるというのではなく、正体が表れるというか、言ってみれば「発光」する作品と、ただの「薄っぺらい平面」になってしまう作品に分かれます。立体的なモノであってもそう感じます。「発光」するものは「品格」と言われてるものに近いのでしょうか。


写真の場合は、机の上に水平に置いて鑑賞するのと、壁に展示して対峙しただけでも印象が違います。多分、「正面」というのは、特別な面なのだと思います。展示した写真にしても、斜めや別な角度から見ると、「見る」というよりは、「眺める」に近づく気がします。「正面」を外しただけでこちらに余裕が生まれてくるのです。その余裕とは、ものごとをはっきりさせなくてもいいような、態度を決めなくていい「ゆるさ」につながっていきます。その「ゆるさ」が心地よさへ成り代わってしまうことも往々にして生じます。これと反対に「正面」というのは引きつけて離さない磁力のようなものが存在します。パワーある作品に出会うと、「おい、逃げるなよ」と言われてるように思うことすらあります。作品を鑑賞するというよりは、作品に鑑賞されてるのですね。引きつける力の強さの度合いが、そのまま正面性の特徴をとらえてるかどうかの目安なのでしょうか。これは僕だけの感覚かどうかわかりませんが、多分、たいていの人が同じ感覚を持っていると思うのです。どうして「正面」にはそのような力があるのでしょう。不思議です。

不思議なことは他にもあって、同じ「正面」を扱っても呪縛力がそれほど感じない作品もあります。これは正面性に対する作者の意識の強弱の度合いかもしれません。と、思って済ませれば物事は簡単なのですが、どうもそう単純ではなさそうです。作者がしっかり正面を意識した作品であったとしても、完成した作品から「いい、悪い」あるいは「強い、弱い」と感じる差は、作者の広い意味での技量のせいばかりではない、というのが最近の僕の感想です。作者の意識に関わらず、被写体か、あるいは作者に原因があるのか、またはその両者なのかはまだわかりませんが、写ってしまうもの、どうあがいても写らないものが存在してるように思います。


写真には何が写って、何が写らないのか、という問いが、多分、これからもずっと自分に課していく問題だと覚悟しています。今回の「FACES」の作品は文字通り「顔」を被写体にしています。先ほどの「正面」の話でいえば、「顔」ほど正面性を強く意識してしまう被写体は他にない、といえます。「顔」を正面から見ることが「その人らしさ」を定着させる基本的な方法だと考えて出発しました。目をそらさないで見つめる、です。斜めから見て態度を保留する「ゆるさ」は性に合いません。「その人らしさ」というのは、いままでの言い方でいうと、「リアリティ」と言い直してもいいかもしれません。「その人らしさ」を写真で表現したいと思って撮り始めたのですが、進めているうちに、徐々に「その人らしさ」というのは一つではないと思えてきました。

あるいは、これだ、と思ってもいつの間にか変わってるのです。決められないのです。たった今その瞬間の「その人らしさ」を捕まえればいいと思われるかもしれませんが、たった今その瞬間がどんどんスピードを上げて、僕の納得を追い越してしまいます。僕の見る目がないから、あるいは、感性が弱いから「その人らしさ」を見つけられないのでは、とも思うのですが、そうではなくて、見つけられないのではなく、「一つではない」、です。生まれては消えていくので決めることができないのです。「その人らしさ」はそこに落ち着いていないのです。見えすぎてしまうのです。だから、今までは絵に描いたり、写真に撮ったりしてその人らしさを定着してきたのだと思いますが、本当にそうでしょうか。


僕は自分に、自分の感性に正直でありたいと思うので、正直な感想を写真で写すとしたら、一瞬の表情ではもの足りないのです。その人らしい素晴らしい表情の一瞬を撮れたとしても、それは一瞬のその人らしさでしかなく、僕が感じてる「らしさ」とは違うのです。一瞬の表情をいくら追いかけてもその中にはないと思います。以前にも書きましたが、うまく言えないのですけど、「表情を支えているもの」に迫りたいのです。「表情を支えているもの」を正確に表現しようとすればするほど、「決まらない」です。動いてしまうのです。「その人らしさ」とは、実は本人が信じてるものとは違うのでは、というのが今の僕の感想です。そして、僕の眼がその瞬間見つけたものとも違うのです。
その時そうであってもすぐに変貌してしまいます。

この文章も書き始めた当初は別の内容を書くつもりだったのに、結局わかり難い個人的なことをぐだぐだ書いてしまいました。うまい下手ではなく、素直に書きたいと思うと、手が勝手に次の言葉に導いていきます。

これからしばらくの間、「FACES」の写真撮影を通じて感じたことをしばらく追いかけます。

現在すでに作品は40点ぐらいあるので、次回の「FACES」展は鎌倉雪ノ下に開館する「GALLERY B」で展示しようと計画しています。具体的なスケジュールが決まり次第お知らせしますので、またぜひ見ていただきたいと思います。

 

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